火葬場の待ち時間に、隅の方でひとりで立っている類を見つけた。
 類は窓の外の、灰色の煙を吐き出している煙突をぼんやり見ていた。
 おれが近づいていくと気配に気づいたのか振り返り――そして思わず、という感じで吹き出した。
 母親から借りた白いレースのハンカチをぐしゃぐしゃに握りしめ、目の周りを真っ赤にしているおれを見て。
 本当は「なんだよ」とか言ってやりたかったのだが、鼻をぐずぐず言わせただけで終わった。ああ、お悔やみの言葉も言わなきゃいけないのに。
 なにひとつ言葉にならないおれを見て、類は目を細めて苦笑いし、

「お前に俺より派手に泣かれると、立場無いなあ」

 そんな冗談を言った。



 葬儀の後しばらく、類は学校に現れなかった。
 色々やることがあって忙しいんだろうかとか、落ち込んでるんじゃないかとか、ぐるぐる考えているうちに二週間が経っていた。
 その二週間後の朝。さっき長谷川見たぞ、という友人のタレコミで類のクラスに駆けつけると、ちょうど類が教室から出てくるところだった。

「類っ」
「おう、保。ちょうど良かった。放課後暇?」
「うん暇」
「ちょっと付き合って。たぶん担任から呼び出しかかるから、ちょっと遅れるけどいいか?」
「おっけーおっけー」
「さんきゅ。じゃあ後でな」
「おう、またな」

 そう言って、類はおれの横をすり抜けて行ってしまう。
 って。

「ちょっ……お前、どこ行くんだよ?」
「どこって、担任のところ。長く休んでたから一応、挨拶に」
「ああそう……引き留めて悪かった。じゃあな」
「ん」

 ひらひらと手を振って、類は去っていく。
 普通だ。あまりにも普通だ……。
 いつもと変わらない類の態度に、おれはやや拍子抜けして、呆然と廊下に立ちすくんでしまった。



 放課後。類とおれは連れ立って屋上にやってきた。季節は完全に冬に傾いて、日は半分落ちかかっている。金色の夕陽が眩しい。

「今日はバイトないの?」

 おれは紙コップのココアで両手を温めながら聞いた。

「うん。梢の葬式もあったし、母親が具合悪くしてしばらく倒れてたから、休みもらった」
「うええ!?」

 初耳だし。すっとんきょうな声をあげたおれを見て類が驚いた顔をした。

「お母さん大丈夫!?」
「うん、今は」
「あのなー、そういうことはもっと早く言えよな!!!おれにできることが……ないかもしれないけど……あったらするし!」

 類にびしっと指を突きつけて言ってやる。

「お前はもっとおれに色々話せ!相談しろ!」

 類はしばらくきょとんとした顔をしていたが、おれが本気で言っていることが伝わったのか、やがて表情を緩めた。

「わかった!?」
「ああ、うん」
「返事!」
「はい。」
「うむ、よろしい」

 おれは大きく頷いて、冷めかけたココアをすすった。おれの隣で類が声を出さずに笑っている。

「それ以上笑うと帰るぞ」

 半分以上本気で言うと、類は無理矢理笑いを引っ込めてごめんごめんと謝った。まあよしとしよう。

「んで?」
「うん」
「なにか話があるんだろ」
「ああ、そうそう」

 類は手に持っていた紙コップの中身を飲み干して、マジな顔で、でも冗談っぽい口調で言った。

「保。アレ持ってるよな?」

 おれの目の前には空になった紙コップ。

「……アレですか」
「アレですよ」
「いいの類ちゃん?校内は見つかるとヤバイよ」
「大丈夫。俺、優等生だから」
「なんだそりゃ」

 おれは思わず吹き出して、通学カバンの底からタバコを取り出した。マイルドセブンスーパーライト。紙パッケージの中からタバコといっしょにライターも抜き出す。
 一本を類に手渡しながら、おれは聞いた。

「てかお前、吸ったことあるの?」
「あるよそりゃ」
「こういうの興味ないのかと思ってた」
「そうでもないよ」

 ライターで火をつけてやると、類は慣れた手つきで煙を吸って吐き出した。おれよりも様になっていて、若干悔しい。

「どうしたよ、いきなり」
「なんとなく。ここで吸ってみたかっただけ」
「ふうん」

 おれも自分のタバコに火をつけた。確かに学校の屋上の、しかも夕方の光の中で吸うタバコというのはなかなかいいものだ。見つかったらどうしようというスリルも充分だし。
 コンクリートの床にオレンジ色の光と濃い紫色の影が落ち、その上を灰色の煙が滑っていく。次第に減色していく世界でタバコの火が赤く灯り、ちりちりと微かな音をたてる。

「どーすっかなあ」

 類がぽつりと呟いた。

「俺の目標はずっと、自分できちんと稼げるようになることだったんだよ。梢のために。でもなあ……」

 もういないしなあ。という言葉のかなしい響きを、おれは目をつぶって聞いた。

「母親は好きにしていいって言うし、担任は進学も考えてみたらって言うけど……でもなあ」

 でもなあ、と類はもう一度繰り返した。

「どうすっかなあ」

 そう言った類は目を閉じ、眉間に深くシワを寄せて、苦行僧のような顔をしていた。

「それはそれとして」

 いきなりがらりと声が明るく変わって、おれはお笑いコントよろしくずっこけそうになった。なんだよ。いきなり転調するんじゃない。

「あのな、文化祭の日に、お前といっしょに弾いたじゃん」

 類が空を見上げながら、タバコの煙を吐き出す。

「あれをさ、きつかったときに何度も思い出して。楽しかったなあって。んで、けっこう……助かったから」

 おれはその軌跡をぼんやりと見ていた。

「ありがとな」

「ばぁか」

 おれは類とは別の方向を向いて、ああ一番星が出てるなあなんて思いながら、やっとのことで憎まれ口を吐き出した。

「礼言ってるくせにおれのタバコたかってんじゃねーよっ」
「あ、そうか」

 類が自分の手の中のずいぶん短くなったタバコを見て、しまったという口調で言った。

「じゃあ今度、上手い手料理でもおごろう。食いに来いよ」
「焼豚入りのチャーハン作って」
「了解」



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