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無限図書館Ⅱ<完全版>
思い出しただけで腹が立ってくる。
僕は反射的に本棚に並べられた本を殴った。殴った後で我に返り、思わず本に向かって謝る。
僕は図書室にいた。図書室といっても家の蔵ではない。滅多に足を踏み入れない学校の図書室である。
理由は単純、家のほうが所蔵量が多いからなのだが。
でも今は蔵に近寄りたくなかった。
僕は苛々を抱えたまま人気のない図書室を歩き回った。
元はといえば思い出してしまった僕自身が悪いのだが、腹が立つものは腹が立つ。
あの時、兄さんが本になりたがっている、と告げられて呆気にとられている僕を前にして、彼女は楽しそうに笑って付け加えた。
「私のためにね」
と。
「は?」
僕が間抜けな声で聞き返すと、彼女はけらけらと笑った。
「ねえ、どうやってこの不思議な図書館を維持していると思う?過去も未来も、ありとあらゆる本が揃うこの図書館を」
彼女の台詞はいちいち芝居がかっている。わざとやっているのなら相当な嫌味だと思いながら、僕はなんとか言い返した。
「……わかるわけないだろ、そんなの」
「この図書館は、いわば共同幻想なのよ」
彼女が本棚を背にして両手を広げ、艶やかに笑う。
「共同幻想……?」
「本を愛する人たちが作り上げた幻。夢の城。だから、本を愛する人たちの魂こそがこの図書館の原動力なの。
図書館(わたしたち)は本を愛する人たちに永遠を与える。
その魂と肉体を本に換え、それを所蔵することによってこの図書館を維持する」
彼女は朗々と説明をしてくれたが、僕には何が何やらもうさっぱりである。
「……つまり?」
「曜一郎さんが本になってくれないと、図書館(わたし)は消えてしまうのよ」
そう言って彼女はにこりと笑った。
つまりだ。
「――兄さんは騙されてるんだっ!」
僕は思わず大声で叫んだ。はっと我に返って周囲を見回すが、他に人はいない。助かった。
だが腹の虫が修まらないので人がいないのをいいことに僕は独り言を続けることにする。
「兄さんだけは、女に現を抜かしたりしないと思ってたのに!しかもどこぞの清楚なご令嬢ならまだしも、あんな女だなんて!」
あの女、許すまじ。僕はひとり拳を握った。
しかしこうなってしまっては、ぐだぐだ言っていても仕方ない。
なんとかして、兄さんを思いとどまらせなければ……!
決意を新たにした僕が家に帰るために図書室を出ようとすると、
「いた!昴!」
ちょうど図書室に入ってきた河野に呼び止められた。
「探したぞ。珍しいな、お前がここにいるの」
「うん、まあな。で、何か用か?俺、急ぐんだけど」
「いいから、ちょっと来い」
河野は僕の腕を掴み、有無を言わさず図書室の中に引っ張り込む。
「おい、何だよ?」
「いいから」
河野は僕を引っ張ったまま一番奥の本棚の陰に入った。きょろきょろと周囲を見回している。
「おい……」
「しっ。よし、誰もいないな」
そんなことを言って、河野は声を潜めて話し始めた。
「いいか、よく聞けよ。俺の親父が新聞記者なのは知ってるよな」
「ああ、うん。知ってるけど」
僕もつられて声を潜めて答えた。河野の父親は政府御用達で有名な新聞社に勤めている。
「陸軍が中国に出兵するらしい。九分九厘、戦争になる。ひょっとしたら、昴のお兄さんも――」
その言葉を最後まで聞き終える前に。
僕は河野を押しのけて転がるように走り出していた。
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