ドラムが痺れるように空気を震わせ、

波打つようなキーボードがそれに乗っていく。

たどたどしくも勢いの良いサックスが空気を貫き、

澄んだまっすぐに伸びる声が音の海を斬り開いていく。

その真ん中にいる文也は、夢の中にいるような気持ちだった。なんて気持ちいいんだろう。なんて楽しいんだろうと。

最後の一曲が終わると、わあっという拍手が空気を震わせて彼を包んだ。



「ではコンサートの成功を祝って、乾杯!メリークリスマス!」

 遙がグラスを高く掲げて音頭をとると、メリークリスマス!とそれぞれの声が唱和した。
 テーブルを囲んでいるのはいつものメンバーに栞を加えた6人。テーブルの上には買ってきたチキンや、実は料理上手な類がさっと作ったパスタやサラダが並んでいる。ちなみに会場は広隆と栞の家であるマンションの一室だ。

「おいしい?」
「うまい!最高!」

 広隆が聞くと、口の中をいっぱいにした文也が実に嬉しそうに答えた。
 その隣でぷはあと美味しそうにグラスのシャンパンを飲み干した遙に、類が釘を刺す。

「お前、まだ酔うなよ」
「あ、せやな」

 談笑しながら食事を平らげ、ケーキを食べようかという段階になって、文也を除く一同はちらちらと視線で合図を交わした。

「ふーみやっ」

 陽気に声をかけたのは遙だ。少し酔いが回っているのか、目の辺りが赤くなっている。

「なに?」
「ちょっとこっちこっち」

 遙は文也の手を引いて、普段は客間として使われている部屋の前に連れてきた。

「実はな、プレゼントがあんねん」
「ほんと!?」
「ほんと」

 遙はにやりと笑ってドアを開けた。電気を点けながら文也の背中をぽんと押す。
 殺風景な部屋の中央には、なにやら布で覆われた大きな物体がぽつんと置かれていた。

「なに?」
「まあええから、めくってみ?」

 遙はにやにや笑っているし、他のメンバーも楽しそうににこにこしてこちらを見ている。
 文也はどきどきしながら、大きな布を取り払った。
 現れたのは。

「あっ」

 新品のキーボードだった。

「類と俺からのプレゼントや」
「練習中、気になってるみたいだったから」

 遙と類が口々に言う。
 文也へのクリスマスプレゼントをどうしようか、という話になったときに、鍵盤がいいんじゃないと言ったのは類だった。
 文也が興味津々という顔つきで類の手元を見つめていたのを覚えていたのである。弾いてみる?と聞いたら嬉しそうに頷いたし、休憩中に簡単なピアノ曲を教えたこともある。

「あたしからはこれ」

 楪が文也に差し出したのはバイエルの教本だった。

「……ありがとう」

 楪からプレゼントを受け取った文也は、なぜか泣きそうな顔をしていた。嬉し泣きならわかるが、とても悲しそうな顔だ。

「どうした?」

 不思議そうな顔で遙が聞く。

「だって……おれ、もらえないよ。こんな大きなの、園には持って帰れないし……」
「ああ」

 遙は納得したように頷いた。

「やって、広隆?」
「はあい」

 呼ばれて前に進み出たのは広隆だ。

「文也。これは俺と、栞さんからのプレゼント」

 手を出して。

 そう言われて文也が大人しく右手を差し出すと、手のひらの中に冷たい感触が落ちてきた。

「あ」

 真っ赤なリボンが結ばれた、鍵だ。

「うちで弾けばいいんだよ。いつでもおいで」

 広隆は微笑んでそう言って、文也の右手を鍵ごとぎゅっと包んだ。

「もっと早く言ってあげれば良かったね。不安にさせて、ごめんね」

 その言葉を聞いた文也は勢いよく首を横に振った。

「あの、あの」
「うん」
「ほんとに、ありがと。……みんな」

 広隆はにっこりと微笑み、遙はピースサインをして、類が目を細めて頷く。楪は照れ笑いを浮かべて、栞が少し離れたところで、皆をにこにこして見守っていた。

「なあ、ひろたか」

 文也はふと思いついて、きらきらした瞳で広隆を呼んだ。

「なあに」
「おれがピアノ上手になったら、おれの伴奏で歌ってくれる?」
「もちろん」

 文也と広隆は目を合わせてにっこりと笑う。

「お、ライバル宣言されてんで〜類?」
「おや、ひょっとして敵に塩を送っちゃったか」

 楽しくてしかたないという口調で軽口を叩く遙に、珍しく類が冗談で応える。

「えっ……そんなんじゃないよ!」

 それを聞いて慌てた声をあげる文也に、一同は声をあげて笑ったのだった。



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