遙がふいに目が覚めたとき、室内は真っ暗だった。
眠りこけてしまった文也を客間に寝かせ、栞と楪が寝室に引っ込んでいったのは覚えているが、どうやら酔いつぶれてしまったらしい。
類がソファーで寝ているが、広隆の姿が見えない。きょろきょろと辺りを見回してみると、カーテンの向こうに人影が見えた。
「広隆」
声をかけながらからからと窓を開けてベランダに出る。近くにある電灯のせいで深夜だというのに白々と明るい。
「うー、寒っ」
「あ、起きちゃった?」
「なんか目え覚めたんで一服するわ。今日はお疲れさん」
「いえいえ、そちらこそ」
「文也、喜んでくれてよかったなあ」
「サンタさんになるのもいいもんだね」
二人はぽつぽつと会話を交わす。
「シオちゃん、具合どうなん?」
「もうずいぶん回復したみたい。年明けには退院できるって」
「そか。よかったなあ」
遙は安心して息をついた。
栞の妊娠がわかったのは半年ほど前のことだった。
一同が大喜びしたのもつかの間、栞は不幸な事故に巻き込まれた。
栞本人は無事だったものの、子どもは助からなかった。
そのショックで体の調子を崩し、入院していたのである。
事情が事情だからとしばらくグループの活動を休むことにして、広隆は極力、栞に付き添っていた。
文也に出会ったのはそんなときだった。
「文也さ」
「うん」
「いっそ、このうちの子にしてまえば?」
「うん……そうできたらいいなあと思ってる」
珍しく煮え切らない広隆の言葉に、遙はやわらかい声で促した。
「何を心配してんの」
言うてみ、と。
広隆は遙を見て微笑んだ。
「栞さんと文也、打ち解けられるかな」
「それはこれからやろうけど、シオちゃんけっこう子ども好きやろ。大丈夫ちゃうん」
「うん、栞さんああ見えて子ども好きなんだよね……」
広隆の声がフェードアウトし、遙は沈黙で次を促す。
「俺と栞さんに次の子どもができたらどうしよう?」
「できたとき考え」
「うわ、簡潔」
「ええやろわかりやすうて」
ははは、と広隆の笑い声が夜に響き、また沈黙が落ちる。
「俺はちゃんと、文也を幸せにできるかな」
「……断言はできんけどなあ。文也はお前を好きやし、お前も文也を好きやん。それより強いもんはないやろ」
「そうかな」
「うむ」
遙は腕を組み、大仰に頷く。
「それに、俺らもおるやん」
遙はにやりと笑って、煙草を持っていない方の手で広隆をびしっと指さした。
「お前に文也をひとりじめにはさせんで?」
その軽口に、広隆が少しだけ明るい笑い声をあげる。
それから急に真顔に戻り、低い声でぽつりと呟いた。
「赤ちゃん、たぶん、男の子だったんだよねえ」
助からなかったと知ったとき、猛烈に自分を責めた。
行き場のない気持ちを歌にぶつけて、病院の屋上で歌っていた。
そのとき文也と出会ったのだ。
「文也を身代わりにするみたいで……知ったらきっと傷つく」
微かに震える声で呟いて、広隆は顔を伏せてしまう。遙はゆっくりと時間をかけて白い煙を吐き出して、とてもやさしい声で告げた。
「でも、それだけやないやろ」
「うん」
「だったらええやん。ええやん、許そうや。多少ずるうても」
「そうかな」
「ん。おっけー」
遙は言いながら、親指と人差し指でOKのサインを作った。それを見た広隆が、泣き出しそうな顔で笑う。
「なんか遙に言われると大丈夫そうな気がする」
「そうやろー。よう言われる」
にか、と遙も笑った。そのままくるりと向きを変えて、ベランダの手すりに背中を預けて煙を吐く。
「あんな。俺は、道連れは多い方がええと思うねん」
遙の発言は唐突だったが、広隆は口を挟むことなくそれを聞いていた。
「旅は道連れ、って言うやろ。俺は文也がどういう大人になるんかをわくわくして見とりたい。ゆずもそうや」
遙は目を閉じて微笑を浮かべながら、考え考え言葉を紡ぐ。
「広隆とシオちゃんが幸せになるのも見てたいし、類が彼女作って結婚するのも楽しみや。それから俺らがどこまで行けるかも、めちゃくちゃ楽しみや」
どんなときも、楽しいなと思いながら見ていたいのだ。
それぞれの色で描くそれぞれの軌跡を。
「な?」
遙が目を細めて笑う。広隆がそれに頷こうとしたところで。
「どうしてお前らは俺を除け者にするかな」
「うわっ!」
「類!」
音もなく窓を開けて、ぬっと顔を出したのは類だった。
「起きとったんか」
「遙が窓開けたときに寒くて目が覚めた」
「あー、すまん」
遙に向かっていやいや、というジェスチャーをしながら、類は広隆に聞いた。
「栞さん、退院できそうなんだろう?」
「うん」
「じゃあ、一家の大黒柱は稼がないとな」
類は広隆に向かってそう言いながら、珍しくにやりとした笑みを浮かべた。
「俺の仕事も年明けには終わるし、遙は?」
「1月末には。ってことは」
「ん。そろそろ俺たちも活動再開するか」
「異議なし!」
「もちろん!」
実質的なリーダーである類の言葉に、遙と広隆は口々に賛同した。
「やっぱりこのメンツでやるのが一番楽しいからなあ」
類はうんうんと頷きながら、しみじみとそう言った。それが三人全員の気持ちを代弁していた。
「では皆さん景気づけにお手を拝借!」
そう言って遙が煙草を口にくわえ、両手を上げた。
「はいな」
「へいへい」
広隆と類もそれに倣う。
一秒後には、深夜の住宅街にぱちんと手のひらを打ち鳴らす音が大きく響いた。
End or next story...
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